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Tさん(女性)はたまにコーヒーを飲みに来てくれる。
仕事が休みの時はコーヒーでも、といった感じでお店にやって来てくれる。 とても穏やかな口ぶりで、子供さんのことなんか愛想良く話される。 三十間近の男の子と二十代半ばの女の子、 二人の子供さんには紆余曲折、色々とあるそう。 以前は専業主婦で、旦那さんの言うことに一度も口応えなんてしたことなくて、 子供さんにも、旦那さんの陰で判で押したみたいに型通りのことを求めて、 「いい学校に行って、安定した仕事を、滞りなく、穏便に」 みたいな態度で接していたそう。 親にかけられる期待のそのプレッシャーから、 段々と内向して、少々気を病んでしまった息子さんのことに端を発し、 初めて旦那さんに楯突いて、息子さんを連れて家を飛び出したのは 五十代も過ぎてだったそう。 まさに着のみ着のまま飛び出して、 落ち着き先が決まるまでは、 息子さんと二人でネットカフェに寝泊まりしたそう。 妙齢で家を飛び出し、何十件も回って仕事を見つけ、 学生アパートみたいな住まいで慎ましい生活をすることになった、 とTさんは言う。 この先どうなるかわからないし、お金の不安がいつもつきまとうようになった、 とTさんは言う。 それでも、それでも家を飛び出して本当によかったとTさんは言う。 それは、自分の頭で考えるようになったから。 子供の幸せ、ひいては人々が幸せだと感じるカタチには、 その人々の数だけ様々なカタチがあるとわかったから。 それが以前の自分にはわからなかった。 とTさんは言う。 「魂のジュリエッタ」という64年のイタリア映画。 主演のジュリエッタ=マシーナの、 エンディング近くの晴ればれとした顔を思い出した。
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